寺原隼人投手2001ドラフト1位 甲子園最速の記憶

2001 夏の甲子園

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高校時代の寺原隼人投手と言えば「剛球」のイメージ。「記録を作るために甲子園に来ました」は記憶に残ってるよ

 

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負けん気は強いけど、意外とシャイで繊細な高校生らしい少年だったわよ

寺原隼人(てらはら はやと)

  • 1983年10月9日生まれ
  • 右投右打
  • 179cm
  • 86kg

小学時代

本郷小学校(宮崎県宮崎市)

職場の野球チームに所属していた父と6歳上の兄に影響を受け本郷小3年生の時「ワールドボーイ」という軟式野球チームに入団します。小学5年生でエースになります。

中学時代

赤江東中学校(宮崎県宮崎市)

宮崎市の赤江東中で軟式野球部。3年生時、投手として県大会優勝、九州大会準優勝、全国大会出場。当時はやや太めの体型だったようです。

県内外の強豪校から誘いはあったものの、のちに同校のコーチとなる近藤氏が在籍した東海大学から縁あって小川監督が赴任されてから甲子園常連校になっていた日南学園を見学し、雰囲気や環境を見て入学を決めたようです。

エピソード
中学時代、大人しい性格を変えたいと生徒会長に立候補。自分を変えたいと思っても、なかなか出来ることではないです。こういった努力の積み重ねが将来につながっているんでしょうね。

高校時代

日南学園(宮崎県日南市)

高校入学時で135km/h、2年時には147km/h。 3年春の県大会準決勝、延岡学園戦で神内靖投手と対戦し153km/hを計測します。

この時の延岡学園は前年夏の甲子園に出場し、初戦で準優勝した東海大浦安(千葉)を相手に1-2で逆転負けしましたが、後にプロで同僚となる左腕・神内靖投手は2年生ながら強豪相手に終盤までは完璧なピッチング。

神内投手は3年生になりプロからも注目されていましたので、より燃えていたことでしょう。

6月には市立船橋高校との練習試合(サンマリンスタジアム宮崎)で当時の高校生最速の155km/hを記録。全国紙で名前が広まり、周囲がザワつき始めました。

夏の宮崎県地区予選は優勝候補筆頭でマークされる中、3回戦でノーヒットノーラン(15奪三振)を達成するなどチームに貢献、決勝戦では下園辰哉選手(のちのDNA)が主軸を打つ宮崎日大を破り甲子園出場を決めます。

多くのスカウトが見つめる中、準決勝の日向高校戦で152km/h、連投の決勝戦で150km/hをマークし評価を上げます。

この時点で本人はまだ「全国での実績がないので、まだプロでやれる自信はない」とコメントしていますね。

 

甲子園でも、寺原投手以外に片山・片田両左腕は他チームならエース級の好投手、堅い守り、強打の井手・長畑選手を中心とした切れ目のない打線で優勝候補筆頭として注目を浴びることになります。

引用元:日刊スポーツ

この年の宮崎大会は2年生にも後にプロ入りする選手が目立ちます。

  • 井手正太郎選手(日南学園3年-2001ダイエー8位/ダイエー2002-2010・横浜2010-2016)
  • 神内靖投手(延岡学園3年-2001ダイエー4位/ダイエー2002-2012・DeNA2013-2014)
  • 下園辰哉選手(宮崎日大2年-九州国際大学-2006横浜4位/横浜2007-2017)
  • 七條祐樹投手(延岡工2年-日産自動車-伯和ビクトリーズ-2010ヤクルト2位/ヤクルト2011-2015)
  • 瀬間仲ノルベルト選手(日章学園2年-2002中日7位/中日2003-2005)
  • 片山文男投手(日章学園2年-2002ヤクルト6位/ヤクルト2003-2005)

寺原投手の出現で、宮崎県の中高生が寺原投手を目標にするようになったため、それ以降はレベルの高い投手が増えていきます。

 

甲子園成績

1回戦 8‐1 四日市工業(三重)

日南学園 0 0 0  0 3 0  1 3 1   8
四日市工 0 0 0  0 0 0  1 0 0   1

寺原 8回 被安打5 三振10 四死球0 自責点1
片山 1回 被安打1 三振0   四死球0 自責点0

試合開始前から球場がざわつき、試合が始まると1球ごとにドォッという歓声。外野スタンドからでもそのスピードが分かるほど。県大会よりも進化していると感じました。

個人的にはこの試合の投球がベストピッチングだと思います。

躍動感あるフォームと低めいっぱいに決まる糸を引くように伸びるストレートは素晴らしかったです。球速以上に手元での伸びを感じました。

開会式の後に暑さで体調を崩した上に、右肩痛と右手中指痛と不安視されていましたが、その中でも圧巻のピッチングを披露。

158kmに設定したマシンを3m手前にして練習してきた四日市工業打線も中盤以降はバットに当ててきますが要所を締め、9回は片山投手が抑えて勝利。打線は18安打、井手選手は4安打。

参考 ”動画”日南学園-四日市工業戦出典:YouTube Oscar Roa

 

2回戦 6‐4 (延長10回)玉野光南(岡山)

甲子園最速 154Km/hを記録
アトランタ・ブレーブスのスカウトのスピードガンでは157Km/hを計測!!

日南学園 0 0 0  1 0 2  0 1 0  2    6
玉野光南 0 0 1  0 0 3  0 0 0  0    4

片山 4回 被安打3 三振5 四死球3 自責点1
寺原 6回 被安打7 三振4 四死球5 自責点3

エピソード
宿舎の部屋のクーラーを消し忘れて高熱を出します。クーラー大好きなようです。本人のミスですが、らしいと言えばらしい気もします。

数日前には点滴を打っていたそうです。途中から登板し6回には3連打される苦しい投球。顔が紅潮し目がうつろな表情で投げ続けます。

しかし、そんな中で甲子園最速154㎞/hを記録したのは大したもんだなぁと思いました。

それまでの記録は1998年の選手権で松坂大輔(横浜高-西武)、新垣渚(沖縄水産-ダイエー)が記録した151km/hでしたので一気に更新したことになります。

試合は9回裏2死満塁ボールカウント2-3、絶対絶命のピンチ。この回はストライクが入らず連続四球。顔が紅潮する寺原投手。マウンドに集まるナイン。

「ボールだと押し出しサヨナラ」が頭をよぎる。「打たれてもいいからストライクゾーンへ全力で」この時の緊張感は今も覚えています。

この時、中原捕手は「好きな球を全力で投げてこい!」的な言葉をかけたそう。みんなも「それで負けても悔いはない」と自分のポジションへ散ります。

寺原投手が残った力を振り絞り、渾身のストレートを投げ込みます。やや高めのボールを左打者の6番吉川選手がとらえます。

サードへの強烈な打球を増田選手が好捕。3塁ベースを踏んでピンチを切り抜けます。

 

ピンチの後の延長10回表2死満塁、水戸選手が押し出しの四球を選び勝ち越し、代打の川口選手の左安打で追加点。その裏を寺原投手が3人で抑え激闘を制します。

参考 ”動画”玉野光南戦 甲子園最速を記録出典:YouTube muzousashinshi

 

3回戦 15‐0 東洋大姫路(兵庫)

日 南 学 園  2 0 0  0 2 1  3 3 4   15
東洋大姫路 0 0 0  0 0 0  0 0 0     0

片田 7回 被安打4 三振3 四死球5 自責点0
片山 2回 被安打0 三振2 四死球0 自責点0

片田投手と片山投手のリレーで完封。 体調不良の寺原投手は登板しませんでした。 打線は20安打長打5本。アン投手など東洋大姫路の投手陣から、田中選手のランニング本塁打などで15得点。

 

準々決勝 2-4 横浜(神奈川)

松坂投手の最速記録を抜いたということで、第3試合の横浜戦は5万5千人の大観衆。その日の第4試合は3万2千人、決勝戦が3万8千人ですから注目度の高さが分かります。

横   浜 0 1 0   0 1 0   0 0 2    4
日南学園  0 0 0   0 1 0   1 0 0    2

寺原 9回 被安打8 三振3 四死球9 自責点4

寺原投手と畠山投手の投手戦。寺原投手はストレートはほとんど130キロ台、9四死球にあるように制球に苦しみますが要所を締める。

横浜・畠山投手に抑えられながらも、長畑選手の本塁打などで終盤まで同点で進みます。

しかし、2-2 の9回に3四死球で2死満塁から大塚選手に右安打を打たれ2点を失います。打線も畠山投手に2安打9三振と最後まで抑え込まれます。

ベスト8で敗れ優勝の夢は叶いませんでしたが、寺原投手は華があり、見ていてワクワクさせてくれる投手でした。

寺原投手もチームも出来る限りのパフォーマンスは見せてくれました。井手選手も6割を超える打率で、3回戦まで大会最高打率の更新も視野に入る活躍でした。

  • キャプテンでショートの安田玲皇選手
  • 小柄ながら体を張って寺原投手を支えたキャッチャー中原幸広選手
  • 横浜戦でホームランの4番長畑絋介選手
  • 東洋大姫路戦でランニングホームランの田中裕之選手
  • 堅守巧打の2番井野裕樹選手
  • 2試合マルチの5番水戸優典選手
  • 勝負強い打撃の川口亜紀久選手
  • 3回戦4安打の攻守に器用な増田寛選手
  • 福田卓選手も初戦2安打
  • 片山光喜投手と片田晃平投手の両左腕は完封リレー
  • 田ノ上慎悟選手、有馬政孝選手、池本宗博選手も適材適所で活躍

個性的で忘れられないチームの1つです。井手正太郎選手アジアAAA選手権日本代表チームに選出され打撃部門の三冠王を獲得します。

日南学園は毎年100名前後の野球部員がいます。チームの特徴として、甲子園に出場する時は3年生主体の印象ですね。

ベンチ入り選手しか紹介は出来ませんが、ベンチ入り以外の選手やマネージャーの力も大きいと思います。

 

2001 日南学園 ベンチ入り

監督   小川茂仁

寺原隼人 3年(宮崎/赤江東)

中原幸広 3年(大阪/門真第七)

長畑紘介 3年(和歌山/和歌山西浜)

井野裕樹 3年(宮崎/飫肥)

増田 寛 3年(神奈川/横浜田奈)

安田玲皇 3年(宮崎/飫肥)◎主将

井手正太郎 3年(宮崎/紙屋)

水戸優典 3年(大阪/寝屋川第五)

福田 卓 3年(宮崎/吾田) 

片田晃平 3年(大阪/友渕)

片山光喜 3年(大阪/熊取南)

池本宗博 3年(宮崎/鵜戸) 

川口亜紀久3年(宮崎/延岡南)

田中裕之 3年(大阪/門真第七)

有馬政孝 3年(宮崎/三股) 

田ノ上慎悟 3年(宮崎/姫城)

この年の第83回大会は決勝戦で日大三(西東京)が5-2で近江(滋賀)に勝利して、チーム打率4割2分7厘の大会最高打率で優勝しました!

近江高校は「3本の矢」と呼ばれた投手3人の継投を確立して決勝まで進みました。投手を複数用意して継投する考え方のモデルとなったチームでした。

同じチームから、近藤一樹投手(近鉄)、内田和也(ヤクルト)、千葉英貴(横浜)、都築克幸(中日)と4人もドラフトで指名を受けてプロ入りしました。

  寺原投手は2001年のドラフト会議で4球団(ダイエー・横浜・巨人・中日)から1位指名を受け、王貞治監督が引き当てたダイエーホークス(現ソフトバンクホークス)に入団します。

その後は、制球難と多くの故障に悩まされながらも、横浜ーオリックスーソフトバンクーヤクルトと活躍し、2019年の今年9月17日に現役引退を発表しました。

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寺原投手と近藤一樹投手は、今年2019年にヤクルトスワローズで一緒になったね!

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不思議な縁ね!近藤投手にはまだまだ活躍して欲しいわね!