松下幸之助「名言・心に残る言葉 3」

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松下幸之助

尊敬する松下幸之助氏(1894年11月27日生)のお話。

『経営の神様』と讃えられる松下幸之助氏の数多くある名言のひとつ。実業家・発明家・著述家であり、パナソニック(旧松下電器産業ほか)を一代で築かれました。

家が裕福ではなく、尋常小学校4年生で中退、丁稚奉公を経ながら、大阪市に導入された路面電車を見て感動し、16歳で大阪電灯(現:関西電力)に入社。

その会社に在職中に、安全に簡単に取り替えができる「電球ソケット」を考えつき、18歳で関西商工学校夜間部へ。

22歳で依願退職の後、妻のむめのと妻の弟の井植歳男、友人2名の5人で電球ソケットの製造販売に着手。

その後事業拡大し妻と弟の3人で1918年大正7年)3月7日「松下電気器具製作所」を設立。それから苦難の連続を乗り越えて今日の成功に結びつけられています。

2018年に「創業100年」を迎えたパナソニック。2008年からパナソニックという名前が使われるようになりましたが、それは海外向けに製品展開するためのブランド名だったんですね。

国内ではAV機器、デジタル機器に使われていて、その他の商品が「ナショナル」となります。

松下電工の配線器具  WH1031PK  松下を代表する商品は今も現役ですね

https://maru-blog1.com/wp-content/uploads/2020/03/6041091bdfc89a9c85cd1956a7d89852.pngマル

もう伝説的な話ばかりだよね。僕はとても影響を受けたよ。いいと思うことは真似していくよ!

https://maru-blog1.com/wp-content/uploads/2020/03/ddb5f3d277f2c10aa04801fdf16763e3.pngルンルン

いい心がけね。常に「お客様第一」で従業員もとても大切にされた方なのよね。なかなかできる事ではないわよ。とってもかっこいいわ!

義弟・井植歳男

弟の井植歳男(いうえ としお)氏(享年66歳)に少し触れてみます。井植氏は後の「三洋電機創業者」です。現在は「パナソニック」の子会社。松下の元専務取締役。

1946年、戦後GHQに公職追放令により30年務めた松下を退き、翌47年に43歳で三洋電機を設立します。

ナショナル発電ランプ 」という自転車用発電ランプは1949年に国内シェア6割、ラジオのキャビネットにプラスチックを使用、洗濯機の国内シェア1位などの業績を上げられています。

義兄の松下氏に忠誠を尽くし、やむなく事業を立ち上げることになってからも素晴らしい成果を上げ、社会にも貢献されているんですね。

社名は太平洋・大西洋・インド洋を意味し、世界で活躍できる企業になるという意志が込められている。                                                                                (出典:Wikipedia

三洋電機は1988~2006年までプロ野球のオールスターゲームの冠スポンサーで、今年日本でワールドカップが開催され盛り上がったラグビーでは、2008年(平成20年)に日本選手権で初優勝し日本一となっておりスポーツ界にも大きく貢献されています。

不況下の中でピンチをチャンスに変える

ピンチと書いたものの、松下氏にとってはどんな困難もピンチと思っていない気もしてきます。当時の世の中の状況を調べてみると

  • 大正7年に第一次世界大戦時の大好況の反動から物価が高騰し、米も例外でなく高値となり日本全国41都道府県で100万人を超える人々が暴動に加わった。
  • 大正9年は株式市場が大暴落し、倒産企業が続出、労働者を法的に保護する法律もなく、賃金低下リストラが相次いだ。
  • 大正12年には「関東大震災」が起き、東京の2/3が燃え、死者・行方不明者は10万人を超えた。
  • 昭和4年、「世界大恐慌」が日本経済に打撃を与え失業者が相次ぐ。

このような過酷な状況の中、ことごとく打開策を見つけて乗り越えられてこられました。彼は経営理念をとても大切にされ「どうやったら世の中の人々が幸せになれるのだろうか」と、常に考えていました。


成功するまで続ければ、それは成功になる

今、僕はこの言葉を支えにしています。ピンタレストで何気に画像検索していて目に入り、 「経営の神様」 くらいしか知らなかった松下幸之助氏のことをもっと知りたいと思いました。


ブログを始めるきっかけとなる

無料で利用できるブログはほんの少し書いていました。有料のサービスを利用して本格的に運営している方を見ると羨ましいと思いながらも、専門用語が全く分からないので正直「覚える自信が無い」気持ちがありました。

しかし、「ブログ」や「サイト」は資産になり、結果を出している方も多くいることを知りました。

年金など不安の大きい未来、将来的にはどこに居てもWebでも仕事ができるようになると強い、そう考えていたタイミング「ピンタレスト」で松下幸之助氏の言葉が目に入った時、言葉がスーッと心に入ってきました。

自分に足りない物に気が付き、何かが変わった気がしました。そこからブログの挑戦が始まりました。

影響を受け思考が変わる

「ずっとやり続ければいつかはできるんだから、何回失敗しても分かるまで出来るまでやり続ければいい」「なんだ簡単なことじゃないか」「なんで今までそういう思考にならなかったんだ」「シンプルに考えよう」「今は成功の途中なんだ」思考が変わっていきました。単純なだけなのかもしれませんが(笑)

昔だったらきっと、できない言い訳を探していたと思うので感謝しています。

ピンタレストに「名言や心に残る言葉」を集めたボードを作り、毎日目を通すようにしています。習慣化することで気持ちに変化が生まれてきました。

Pinterest とは??

松下電器は人を作る会社です。
合わせて電気製品を作っています。

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こんな社長さんの会社なら気持ちよく働ける気がするね!

ある日の朝、運転手が定時に迎えに来なかったために彼は遅刻をしてしまいます。手違いだと知り運転手や上司などを社内処分としました。自らの給与も1ヶ月間に渡って10%減給した そうです。

社員の責任感や意識が高まったとされます。厳しい社会情勢だったため、大変大きな効果をもたらしたことでしょう。


  • 全国長者番付1位を10回記録
  • 日本で初めて家電の全国チェーン「ナショナルショップ」を展開する。
  • 山を切り崩した土砂を使い、200年かけて四国と同じ面積の島を作ろうと考えていたこともある。
  • 文科省の教材内の学習指導要領に取り入れられた。
  • PHP研究所を設立し、倫理教育・出版活動に力を入れた。
  • 松下政経塾を作り政治家の育成に力を入れた。
  • 享年94歳、松下記念病院(大阪府)で亡くなる。
  • 遺産総額は約2450億円は日本一。
                                        引用元:Wikipedia

大阪市のパナソニックミュージアム内に、労働組合が感謝の意で「松下幸之助翁寿像」を建立したとあるように、常に従業員や関わる方々を大切にされていたことが分かります。「関わる全ての人々の幸せを願い、実現に尽力する」あるべき企業の本質ですね。

松下幸之助氏の名言集

一人といえども解雇したらあかん(ニューヨーク・ウォール街の株価大暴落後)

ウォール街の株価大暴落は日本にも大きな影響を及ぼし、売り上げは半分に激減し倉庫内の在庫は増える一方。全国に失業者があふれ、倒産する会社も松下氏は続出する中、松下氏は決して従業員を解雇しなかった。工場を半日操業にして給料も全額支給しました。従業員は喜び、一致団結、休日返上して販売に回り、幹部も午後から販売に回り在庫を一掃した。危機を乗り越えると、会社を挙げて殺到する注文の消化に追われるようになった。

引用元:東洋経済

  1. 失敗とは成功する前に止めること。成功するまで続ければ必ず成功する。
  2. わからなければ、人に聞くことである。
  3. 大事なのことは、理屈のやりとりではない。
  4. 人の言に耳を傾けない態度は、自ら求めて心を貧困にするようなものである。
  5. どんな賢人でも、その人ひとりの知恵には限りがあって、だから自分の知恵、才覚だけで事を運べば考えがかたくなになる。視野が狭くなる。
  6. いかに優れた才能があっても、健康を損なってしまっては十分な仕事もできず、その才能もいかされないまま終わってしまいます。では、健康であるために必要なことは何かというと、栄養であるとか、休養とかいろいろあるが、特に大切なのは心の持ち方です。
  7. 命をかけるほどの熱意を持って仕事に打ち込んでいる人は、少々忙しくても疲れもせず、病気もしないものです。
  8. 現在与えられた今の仕事に打ち込めないような心構えでは、どこの職場に変わっても決していい仕事はできない。
  9. 企業は人なり。
  10. 人より一時間余計に働くことは尊い。努力である。勤勉である。だが、今までよりも一時間少なく働いて、今まで以上の成果を挙げる事もまた尊い。そこに人間の働き方の進歩があるのではないだろうか。
  11. 今日の最善は、明日の最善ではない。
  12. 仕事が伸びるか伸びないかは、世の中が決めてくれる。世の中の求めのままに、自然に自分の仕事を伸ばしてゆけばよい。
  13. 昨日の考えは、今日は一新されていなければならないし今日のやり方は、明日にはもう一変していなければならない。
  14. 私には3つの財産がある。それは学校へ行かなかったこと。健康に優れなかったこと。そして、決断に弱かったことだ。だから、人が教えてくれたりして成功した。
  15. とにかく考えてみることである。工夫してみることである。そして、やってみることである。失敗すればやり直せばいい。
  16. すべての人を自分より偉いと思って仕事をすれば、必ずうまくいくし、とてつもなく大きな仕事ができるものだ。
  17. 仕事には知恵も大事、才能も大事。しかし、もっと大事なことは些細と思われること、平凡と思われることも、疎かにしない心がけである。

  18. 人と比較をして劣っているといっても、決して恥ずることではない。けれども、去年の自分と今年の自分とを比較して、もしも今年が劣っているとしたら、それこそが恥ずるべきことである。
  19. 自分をほめてあげたいという心境になる日を持ちたい。
  20. 見えないものを見えるようにするのが経営だ。
  21. 無理に売るな。客の好むものも売るな。客のためになるものを売れ。
  22. 売る前のお世辞より売った後の奉仕、これこそ永久の客を売る。
  23. 「自分の行う販売がなければ、社会は運転しない」という自信をもつことであり「それだけの大きな責任を感ぜよ」ということがしっかりした商売ができるかどうかの基本になりますな。
  24. 自分の仕事は、人の助けなくして、一日も進み得ないのである。
  25. 苦難がくればそれもよし、順調ならばさらによし、という心づもりを常に持ち、人一倍の働きを積み重ねてゆくことが大切だと思う。
  26. 部下に大いに働いてもらうコツのひとつは部下が働こうとするのを、邪魔しないようにするということだ。
  27. 志低ければ、怠惰に流れる。
  28. 叱るときには、本気で叱らんと部下は可哀想やで。策でもって叱ってはあかんよ。けど、いつでも人間は偉大な存在であるという考えを根底に持っておらんとね。
  29. 「それは私の責任です」ということが言い切れてこそ責任者たりうる。
  30. 力強さは使命感を持つところから生まれる。
  31. 対立大いに結構。正反対大いに結構。これもひとつの自然の理ではないか。対立あればこその深みである。妙味である。だから、排することに心を労するよりも、これをいかに受け入れ、これといかに調和するかに心を労したい。
  32. 冷静ほど、大事なことはないのである。
  33. なすべきことをなす勇気と、人の心に私心なく、耳を傾ける謙虚さがあれば、知恵はこんこんと湧き出てくるものです。
  34. 自分が方向を変えれば新しい道はいくらでも開ける。
  35. 逆境もよし、順境もよし。要はその与えられた境遇を素直に生き抜くことである。
  36. 感謝の心が高まるほど、それに正比例して幸福感が高まっていく。
  37. 素直な心とは何事にもとらわれることなく物事の真実を見る心。だから素直な心になれば、物事の実相に従って、何が正しいか、何をすべきかということを正しく把握できるようになる。つまり素直な心は人を強く正しく聡明にしてくれるのである。

おわりに

社員が涙して喜んだ、涙して感謝した、そして忠誠を尽くしたという話がたくさんあります。

松下幸之助氏に関する本は数多くあります。いくつか掲載しておきます。時間がある時にぜひ読まれてはいかがですか。

https://maru-blog1.com/wp-content/uploads/2020/03/6041091bdfc89a9c85cd1956a7d89852.pngマル

特に大切だと説かれたのが

・素直な心

・誠実さ

・謙虚さ

いつの時代にも通じるものですね。まだまだ数多くの名言がありますが、このへんで。